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甲州街道/中山道をゆく! その2

さて、信州の話の続き。
前回、写真なしで先に投稿してしまったので、後から写真を追加しています)

朝、部屋で寝ていると6時頃に花火のような音が3発。ぱん、ぱん、ぱん!
布団の中で何だろうと思いつつ、目が覚めてしまい、起き上がる。(あとで女将さんに聞いてみたけど「この辺りは明るくなったらみんな起きるので、結構色んな音がするんですよ」と、そんな音は気にしていない様子。すごい)
仕方がないので、宿の周りを少し散歩する。

この日、紙ふうせんの2人や他の人たちはみんな戻って仕事があるということで、朝食を食べたらすぐに大阪へ帰ったのですが、僕は特に急ぐ用もないので、ここにしばらく残ってあたりを散策することに。
皆さんを見送って、宿の人に荷物を預け、いざ出発しようかと思ったら宿の人から「せっかくだからお風呂に入られたら?」と。そりゃそうだ、急いでないんだし、ちょっと入って行こう。それで撮ったのが、前回の記事にある風呂の写真。

さて、まずは最初に宿からすぐ近くにある「諏訪大社」から。大きな木に囲まれた、たいそう雰囲気のある神社です。ここは7年に一度行われる「御柱」(おんばしら)のお祭りが有名です。神社の四方に建てる長さ16m、重さ約13トンの大きな柱が山の斜面を滑り落ちるニュースを皆さんも見たことがあるんじゃないでしょうか。

実際にこの柱を見ると「こりゃぁ、怖いなぁ」と思わずにはいられません。

20081005215

さて、神社の入り口近くに必ずある、手や口を清めるためにある水場ってありますよね。(なんて言うのかな)それがこの写真。

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そして、神社の駐車場にあったトイレの外にある水場がこれ。

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さらに、宿の道に面したところで、溝に流れ落ちている水がこれ。

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これらすべて、温泉なんですよ。しかも、知らずに手を出してしまったら大声を上げてしまうような熱湯。かなり熱いんです。冬場はこのお湯が手足を温めてくれてオアシスのようにあるだろうなぁ。。。


さて、神社を後にし、学生時代に一人湖畔でキャンプをさせてもらった諏訪湖へ向います。ちょうど神社から甲州街道を歩いて行く感じです。昔ながらの旧街道は車の通りもほとんどなく、道幅も歩くには程よい広さで、しかも武田信玄が歩いた道だと思うと、妙なウキウキ感がある。この街道はちょうど諏訪湖よりも小高い部分を通っているので、湖がとてもきれいに見えるのです。さぁ、適当なところで湖に向って下って行く。国道や線路をわたって、何とものんびりした水辺が一気に目の前に広がります。

20081005212
これこれ、こんな感じ。かなり大きな湖なので、自分がどの辺りにキャンプしたのかは定かではないけど、ちょうどこういう風に遊歩道のあるところから少しおりたところにテントを張ったなぁ。当時、ここについたのはもう夕暮れだったし、朝早くに出発したので、その時は気付かなかったけど、湖畔にこんなにたくさんの人が歩いていたなんて!ジョギング、ウォーキングに自転車や散歩。ちょっと恥ずかしいなぁ。。。

しばらく湖でボートの練習をしている風景を眺めていたけど、あまりの暑さに退散。そう、信州は結構冷えるよぉ!と来ていたけど、日光の下ではもうたまらないくらいに暑いじゃないか!のんびりと少し違うルートで宿の方へ戻ることにする。帰りは甲州街道のもっと先から、諏訪大社に向って歩いてみる。途中、こんな塚を発見。
20081005213

何やら説明があるので読んでみると、江戸の時代、日本橋から諏訪大社までの道のりの指針になるように一里(約4キロ)ごとにこのような「一里塚」を作っていた。そしてこの一里塚が江戸から数えて53番目で最終だとのこと。
江戸を出発し、長い道のりを歩いて来た人たちにとって、目の前に広がった諏訪湖の風景はどんな風に映ったんだろうか。僕たちは現代の文明に頼り切って、すごいスピードでその距離を移動してしまうけど、一歩ずつ踏みしめた後にしか見えない風景っていうものがあったんじゃないかなぁ。
昨日の宿「みなとや」さんがこだわっているその土地で取れた食べ物。ヘルシーとかブームとかいう低いレベルのものではなくて、長い歴史のなかでつちかわれて来たものを大切にしようとする姿勢。大変なことはきっと多いけど、歴史や文化の中に包まれていることで得られるものはきっと無限にあるだろうなぁ。

僕たちにはこの長い時間の中でつちかわれて来た文化を、ほんの数十年で無くしてしまうほどえらいんだろうか、ふとそんな思いが頭をよぎる。先人たちが苦労して見つけた知恵を一足飛びで乗り越えられるほど今の技術が勝っているのか。
そして僕たちの普段の食事。日本の文化の恩恵を受けたものをいつも食べてるかなぁ。。。

こんなことを考えながら、諏訪大社へ続く最後の道のりを歩いたのでした。
この日、半日、おそらく距離にしてたかだか一里か二里。でも結構疲れた。。。

うん、やっぱり来年も「いかなごのくぎ煮」はつくろう!
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